食事でもヨガでもつながりが大切

先生たちの話を聞いていると、自分を取り巻く環境と経験に基づく感覚に合った食のスタイルを実践することが、ナチュラルに暮らすことなのかもしれないと考えさせられる。

 

よりシンプルにという暮らしは、自然のサイクルを守る事にもつながっている。
先生は農業大学時代に、あるフォークシンガーの「自分が今食べているものは、自分のクソからできている」という言葉に衝撃を受け、伊豆の田んぼで米作りをしていた時には、自分の排泄物を肥料にして野菜を育てたこともあった。

現在、排泄物はたい肥にしないが、食事の時に出た生ごみは土に還すことを続けている。

 

「昔からのサイクルを少しでも止めないようにしています。
食べ物に関わらず、今、そのサイクルが欠けているように思います。
作る人と使う人が繋がっていない。
誰の原料で誰が加工し、そしてそれを誰が使っているのか。
その所在を知ることが、物を大切にするポイントになるんじゃないかな。

自分の為にあの人が作ってくれたと分かれば、壊れても修理して使おうとするはず。
今は作り手と使い手の魂が途切れているのでは…。

自分がここにいるのは、大きなつながりの一部であることを生活の中で感じていたいんですよ。

スタジオに来た生徒がヨガをして温かい気持ちになるのも、こういったつながりを心の底で感じるからじゃないかな。
食事でもヨガでも同じ。
もっと人とのつながりを感じていくことが大切だなって思うんです」

 

自分の体の消化の法則

ヨガの先生は、食事のことだけでなく、食べたものの消化と排泄も自分の体を通して研究。

 

「アシュタンガヨガを始めて1年ぐらいは、食べたものをすべて撮影していたんです。
排泄までにかかる時間を記録して、1年半ほどでようやく自分の体の消化の法則がわかった。

僕の場合、野菜とナッツ、微量の主食だと食べてから出るまで6時間。
普通に食事をすると13時間。
練習時間との兼ね合いを考慮すると、12時間がベスト。
食べて12時間で排泄可能とすれば、16時までに食事すれば、
翌朝の4時にトイレに行くことができる計算。

すると、コンディションよく練習に打ち込めて、練習後の体の痛みも出にくい。」

 

練習のスケジュールが決まれば、あとはストレスをためないことがポイントだと言う。

 

「仕事が忙しいと体のサイクルは乱れてくるから、食べ物で少しずつ調整しないとね。
とにかく、自分のペースを保つためには、練習時間を決めることが重要。
ライフスタイルの土台を固めて、それを守ることの大切さをアシュタンガヨガから教わったような気がするんだ。」

忙しく働く人でも、ヨガという軸を一つ持つことで、逆に安定したライフスタイルが過ごせる。

「基本的に僕は人に言われたことを長く続けることが苦手なタイプだったから、
アシュタンガヨガの練習を通して、決まった動作を繰り返し行うことを経験して、
時間の使い方や食生活など生きるコツを教えてもらったことが多いんじゃないかな。
ヨガの練習と言うよりも、練習を軸とした食生活やタイムスケジュール管理が重要。
すると、必然的に色々な面で制御されていく。
それが今となってはよかったと思うね。」

 

アシュタンガヨガは太陽礼拝など決まったポーズを繰り返しする為、
決まりごとが多い物だと感じる人も多いが、
その決まりごとの考え方にもさまざまと先生は言う。

アシュタンガヨガはポーズの順番は決まっていても、
例えばアイアンガーヨガのように腕や足のアライメントを確かめつつポーズを深めていくこととは基本的にない。
ポーズのやり方に制限がないから、自分なりに行えるという意味では自由とも言えると。

 

「アシュタンガヨガは、自分で模索して、内側から経験させる時間をとても大事にしていると思います。
何事も一定期間でいいからきっちりやることが大事で、それは練習も食事も同じ。
そうすれば、ある程度のことが見えてくるんです。
自分に必要だと気付くことで、それが食べたいものに変わることもある。
自分に必要なものの数はそんなにないから、経験して、選別して、無理なく持続する。
それが大切なんじゃないかな。」

 

先生の食生活を通して、自分の体との付き合い方を知ることからヨガが始まると見えてきた…。

 

こだわりをもたない食生活

「昼ごはんの食材を摘みに行きましょう。」

ヨガの先生のそんなひと言から始まった日曜日。

「ここは地元の人だけの秘密の場所です。」

と、連れてきてくれたのは自生のクレソンが育つ豊かな場所。

自宅の庭には野菜や果物を育てていて、今年はメロンも植えたとか。

「オレンジやレモンの木は以前に住んでいた人が植えたものですが、今でも立派に実を付けてくれる。
その果実を鳥が食べに来て、近所の人も取りに来るんです。
でも、代わりに自分のところで採れたものをそっと置いて行ってくれるんですよ(笑)」

と、力の抜けた伊豆ライフを満喫している。

東京やおおさかにスタジオを持ち、ハードなスケジューリングをこなすヨガの先生からは、
想像もできないこの伊豆のライフスタイル。
さぞかし食にもこだわりがあるはず。

「ここに住むようになって、食生活は変わったなぁ。
もともと急な変化が好きなタイプで、ヨガスタジオに通っていた20代前半は断食を含め、
極端なことをしていたよ。20代後半は結婚や会社勤めをして、一般的な食生活を送っていたけど、
33歳でアシュタンガに出合って、しばらく厳格な菜食主義でもあった。
体や精神がクリアになっていく気がしていたんだ。

でも、ヨガの指導や社交を始めてからは、あまりストイックになり過ぎないように意識し始めて、
伊豆に引っ越してからは食べたいものを食べるという感じだね。
今は、大したこだわりもなく、フレッシュなものを食べたいよ。

でも、今朝採ったクレソンなんかは、都内だと値段が高いから無理して買わない。
基本、僕はケチだから(笑)
自分の手の届く範囲でフレッシュなものをいただく。
長く続けたいから、無理はしないようにしているんだ。」

ヨガの先生の食の歴史をうかがったところで、クッキングタイムに。

「作り方は適当でも、オイルは必ず多めに入れる。
僕が便秘症なのもあって、ヨガを始めてからは便通を良くするために
オイルは積極的に取っているよ。

なるべく体の内側を敏感な状態にして練習に臨めるように、
消化にいい食事をいしきしているよ。」

ヨガ的な柔軟さが必要

そんなヨガの先生も動物性のものが欲しくなった時があった。
それは渋谷にヨガスタジオを立ち上げた時のこと。
地方から東京へ来て、さまざまなプレッシャーや不安のある中で、
どんどん前に進まなければいけない状況に立った時、
ここで頑張らなくては!と普通なら食べない動物性のタンパク質をいただくことで、
自分自身を自由にする力を貰ったという。

 

ヨガのインストラクターとして活躍している先生の奥様は食についてこう考える。

 

「自由になりたくてヨガをするのに、これをしちゃダメと、
自分を縛りつけて不自由になっていくことってありませんか?
また、菜食の人は意識が高くて、肉を食べている人はそうではない
というような特別意識を持つことは、ヨガ的ではないとも感じるのです。

私はアシュラムにいた時にラクトベジタリアン状態を経験し、
確かに消化にいい食事がヨガに最適だと体感しました。
アシュラムにいたり、修行をするだけなら、魚やお肉は必要ないと思います。

けれど、社会的な仕事にエネルギーを向ける場合、
多少の動物性タンパク質が必要なんじゃないかな。
自分に必要なエネルギーが、魚など動物性タンパク質の力強さだと思う時は取り入れて、
シンプルさや軽さが必要な時は穀物菜食にする。
そんな柔軟な考えがあってもいいと思うんです。」

 

「日本は島国で、昔から魚を食べて暮らしてきたでしょ。
そんな日本の食生活から完全に魚を排除するのはちょっと不自然ですよね。」

 

食についての考え方

「幼少から病弱だったせいか、体の限界を試したくて高3の時にサイクリングに出かけたんです。
車でも電車でもなく、自分の力だけで日本一周してみようって。
しかも、シンプルな食べ物でどのくらい走り続けることができるか試したくて、
一週間以上食パンと水だけにしてみたり。
また、留学していた時は、所持品は本当に必要なものだけにして、
フライパンと小さなミルクパン2つだけで自炊していました。
すると、不便なりにいろいろと工夫しようとするんですよね。
例えば、フライパンでトーストしてみたり・・・」

穏やかで優しい印象のヨガの先生は、学生時代の食にまつわる話から
徐々に食についての考え方を話してくれた。

「最初はベジタリアンがいいという理由で菜食に興味があったのではなく、
シンプルにすることが物事の本質を理解させてくれて楽しかったから。
自分の食生活でも、タンパク質は最低限必要だと思っていましたが、
必要なたんぱく質は体が作ってくれるのだと知ってから、
お肉がなくてもいいならやってみよう!」

と思ったのがきっかけなんです。

「食物連鎖の中で、四つ足の動物が一番いろいろなものを食べていますが、
そういう動物がどこでどんなものを食べてきたのかを自分では確かめられない。
分からないところからきた食べ物を疑いもなく口にすることは、
ちょっと乱暴な感じがするし、不安感にもつながります。
結果、お肉よりも野菜の方がまだ安心して食べられました。
特に自分が作った物や生産者の分かるものを食べることは、
心の安堵感や落ち着きのためにも大切だと思います。」