ヨガの食事法で大切なのは命を生かすということ

「ヨガの食事法で大切なのは、命を生かすということ。
生き物はすべて、何かを殺して命をいただかなければ生きていけない宿命です。
だからこそ最小限の殺生で、いただいた命を最大限に生きるのです。」

 

食べるということは、他の命を自分の命に代えさせていただくということ。
とても尊い、感謝すべき儀式なのだと言う。
先生が指導を続けているヨガでは、食事前に呼吸を整えて心を落ち着かせ「栄養摂取の誓い」と唱える。

「自分内在智の教えに従って自分に適し自分に必要なものを取り入れ、不要で不適なものは出し切るように努めます」

と誓い、一つ一つの食事をしっかりと丁寧に見つめるのだ。
ゆったりと落ち着いた呼吸を取り戻し、文言を声に出せば、食べ物を迎え入れるコンディションが整っていく。

 

先生の食事風景は、ゆっくりと穏やかな空気が流れていて、一口一口の食べ物への感謝の気持ちがにじみ出ている。
一口分の食べ物を口へと運んだら箸を置き、目を閉じてかみしめる。
そうすることで、流されたり焦ったりすることなく冷静に、口の中に入れた自分に必要な命を体に取り入れていく。

 

「例えば米は、本来ならこれからまさに大地に落ち、芽が出て次の世代へと命をつないでいくべきところを収穫し、いただいているわけです。
長く続いていくはずの命の連鎖を、私たちが食べることで途中で断ち切っている。
その自覚を持って大切にいただくのです。」

 

こうして一つ一つの命を尊重して食べるようになれば、自分の体に本当に必要なもの、そして体の中で起こる変化までも繊細に感じ取れるようになる。
それは、食べている時の味覚や食感だけに気持ちを傾けるのではなく、咀嚼・消化・吸収・中和・排泄の五段階を通して食事なのだという意識を持つこと。

むしろ、取り入れるということよりも、中和や排泄を重視して、体を内側から浄化しようとする。
例えば、こんにゃくを食べる理由は、栄養学的な補給の目的よりも排毒作用を意識してのこと。
調理して口に入れる段階としての食事法はもちろん、排泄や浄化に至るプロセスも大切にしているのだ。

 

一つ一つの食事を丁寧に続けていけば、必要なものはもちろん、不必要なものも見えてくる。

 

「目の中にゴミが入ったら、すぐに違和感を感じますよね。
でもコンタクトをする人は、いつの間にか日常的に目の中に異物を入れても平気になっていく。
異物感さえも慣れると当たり前になってしまうんです。
食べるものも同じ。
今体の中に入れようとしているものが、本当に必要なのかどうか。
口と頭で感じるのではなく、命の感性で食事をすれば分かってくるはずなのです。」

 

ヨガの先生は、食べ物の命、そして自分の命をも最大限に生き抜く感性豊かな食生活を送っていた。