何を食べないかより何を食べるか

ニューヨークに在住し、アヌサラヨガを続けるヨガの先生。
住む場所が変われば食も違うのか。
海外の食事情を先生に伺った。

「アメリカに移住した1987年ごろにはすでにヘルシー嗜好が高まっていて、そのころに肉から遠ざかり始め、10年ほど前から取らなくなりました。きっかけは食肉用の牛や鶏の飼育環境の記事を読み、衝撃を受けたから。意識ある命が人間の食ビジネスの為に犠牲になっている状況に疑問を感じたんです」

以前から職の意識が高かった先生は、自分の成長過程での食の変化は自然な流れだったと振り返る。
また、食文化が多様なアメリカでは、個人の食のスタイルは守られているように感じると話してくれた。

「食べたいものを選択して食べるだけ。外食が多いので、食材は選べても質なども含めてすべて管理するのは難しい。だから自分で決めたルールに追いつめられないようにしているんです」

先生のルールは食べられる以上のものを注文しないこと。
そして、食べ物に気(プラーナ)を感じないものは口にしないこと。
だが、愛情のこもった料理は時に食べ物の種類や質、自分のルールを超えることもあるという。

食にもヨガにも、そして自分に対しても共通して愛情を持ち、きちんとした考えを持っているからこそ、ヨガのクラスも愛と笑顔があふれているのかもしれない。

ヨガの目的に気付いたら食へのこだわりがなくなりました

普通に暮らせることはいかに素晴らしいかって思うんです。
何でも食べられて、誰とでもいっしょに食事が取れて。
同じ皿のものを分けて食べるって幸せなこと。
あれはダメ、これはダメって考え方はよくないと思います。
人間がとがってしまいますよね。

こんなに柔軟な考え方に至るまでにはさまざまな葛藤があったり、パニック障害や摂食障害を経験したこともあった。
だからこそ自分の変化や食に関心を持っていたのだ。

いくつかのヨガを経験し、ウジャイ呼吸(胸式)をするヨガを行うようになったある日突然、体がお肉を受け付けなくなった。
そのことが気になって、お肉や食育に関する本をたくさん読み、最終的に選んだのは玄米菜食。

玄米菜食とプチ断食のワークショップを開いたこともありました。
食を極めていくことが、ヨガ上達の道と感じていたんです・・・
ベジタリアンやヴィーガンになったことも。

いろいろやって、私のヨガの目的はそこにないなって気付きました。
毎日を健やかに過ごしたい、全身の気のバランスを整えたい。
どんな時でも心にゆとりが欲しい。
そんな風に目的がはっきりしたら、何かを制限したりしなくてもいいやって思ったんです。

あくまでも普通に暮らし、その時あるものをいただくこと。
そして自分の体の声を聞くこと。
ナチュラルな笑顔は、ヨガと食の旅の上に手に入れたものなのだろう。

愛の気持ちを持って大切に食べること

「食べ物は母なる大自然からの官能的な贈り物。
医食同源、そして、自然に生きるという私自身のテーマに寄り添うように、愛を込めて体が喜ぶ食べ方をすることを大切にしているの」

とヨガの先生は言う。

この食事への愛は、個性的な調理スタイルにも表れている。
一つ一つの食材に気持ちを込め、話しかけたりハートのシールを張り付けたりしながら、楽しく大切に料理をするのだ。

ヨガの先生が参考にしているものに、水の波動研究家である江本氏の実験がある。
米を入れた三つの水に対してそれぞれ肯定・否定・無視という行動をして、変化を見るというものだ。

否定された米は腐り、無視された米はさらにひどく腐敗するが、肯定された米は発酵して芳香を漂わせていく。

「米も水も、人間も同じ。その存在をしっかりと見つめて愛情を注げば、生きることも食べることも充実するはずだから」

とってもキュートでエネルギッシュな先生だが、過去には喘息やアレルギー、血行不良などに悩まされたり、食事法への迷いから体を壊した時期も。
そんな苦悩を乗り越え、自分の体を使って少しずつ実験しながら最適な食事を見つけた。

そして、自然の中でヨガをしたり教えたりするというライフワークを得て、今に至る。
食とヨガに対して大きな愛を表現することで、彼女にとってのナチュラルなライフスタイルが完成したのだ。

環境に合わせて柔軟にアレンジする

6年前にネパールから来日したヨガの先生は奥さんと1年前に来日した16年来の友人(ヨガの先生)とともに共同生活をしている。
ヨガとアーユルヴェーダの指導に努め、日々を忙しく過ごす2人の先生。
言葉も生活環境も違う日本で多忙に過ごしながらも、ネパールの文化をうまく持ち込み、のびのびと過ごす先生たちはとても穏やかで優しい雰囲気を持っている。
特に3人の食事の風景は、とてもピースフル。

「生まれた時からアーユルヴェーダの食生活をしてきたんです。だからそれを、日本でも変わらず続けているんですよ」

しかし、先生たちの生活の中には、日本の食意識と違う点も多々ある。
例えば、ネパールでは家族以外が作った料理を食べない。
今では先生たちも外食をするようになったが、親族が来日した時には、外での食事を拒んでしまったこともあるのだとか。
その人が作ったものを食べるということは、信頼しているという証拠。

また、作り置きをしないというのも一つの特徴。
保存食を作ってストックする日本人と違って、朝炊いたご飯を夕方まで置くことさえもNGだ。
水や食べ物を持ち歩くこともなく、その時に必要な分だけを随時確保する。
もちろん、家で食事をする時も、毎回手間をかけて調理している。

「日本の野菜はネパールのものと比べて味が薄いし、手に入らない食材もあるから、祖国の食事をそのまま再現することはできないんです。でも、食べるうえで大切なのは栄養と消化。この二つを念頭に置いて、食材選びから調理方法、食べ方に至るまで気を配るようにしています。あとは、日本の環境に合わせて柔軟にアレンジすること。そうすれば異国にいても健康的な生活ができるんです」

リラックスした口調で優しく話してくれて先生たちの食スタイル。
私たちの学ぶポイントはたくさんあった。

食事もヨガも自由に柔軟に楽しむ

アディヨガを教える先生のバッグの中には、自分の体を知ったからこそ見つけられた、こだわりのアイテムがたくさん入っている。
ポーチに入れていつも持ち歩いているのは、試験管のような容器に入った薬草粉二種。

一つは、強い抗酸化作用や解毒効果があるトリファラ。
そして、リコリスやアシュワガンダ、ピパリなどを使ったオリジナルブレンド。

これらの必須アイテムは、ドーシャを正常化するのに効果的。
タイミングを見つけては、外出先のカフェでミルクや湯に溶かして飲む。
アーユルヴェーダの知恵を現代に生かしたアレンジは、外出が多く食事のコントロールが難しい先生ならでは。

「食事って、例えば服を選ぶのと同じように自分でセレクトできるものなんですよね。何になりたいか、どうなりたいかによって、自身でデザインできる楽しみがあるものだと思うんです。その積み重ねで、楽しくもなるしつまらなくもなる。健康にもなるし、病気にもなるんです」

そう語る先生には、食べることを重視するからこそ、試行錯誤を繰り返してきた過去がある。
焼き肉やダイエットコーラ、タバコなどを多く取っていた学生時代には、摂食障害や精神的な病気も経験した。
「なんとか元気になりたい!」と一念発起して、玄米菜食やヨガを始めた。

カリフォルニアのベジタリアン文化を大いに満喫した時期もあったし、日本の外食では食べられるものがないほど菜食にこだわった時期もあった。
それからアーユルヴェーダを学び、自由度の高いライフスタイルのアドバイスを受け、お肉やお魚など何でも食べるようになり、冷え性や便秘などの症状も改善された。

「食事の主義に乗っ取られるのではなく、自由に柔軟に楽しむ。そのスタンスを持つようになって、食事もヨガも緩く柔かに気持ちよく感じられるようになりました」

カロリーやビタミンなどの栄養素はもちろん大切だが、ヨガを深めるにつれ、そこでは図れないエネルギーに命が動かされていることを感じるという。
命を補うように自由に食べるのが、先生のスタイルだ。

食はアーサナと同等

「飼っていた犬が死んでお葬式を行いました。
お坊さんに読経していただき、みんなで悲しがって。
その1週間後、友人の家族が経営する養鶏場で、人が簡単に生き物の命を奪うことを知り、その矛盾に感じ入ってしまった。
共生とは他の生き物の犠牲の上に成り立っています。
だから、僕は素直に感謝して肉をいただくことにしたのです」

肉を食べると体力がついて、ヨーガの修行の成果がみるみる上がった。

「ヨーガは生命力を高めるもの。
食事や暮らしぶりとヨーガの技術の掛け算でその結果を出す。
食事が合うものになったので、ヨーガのチャクラ的反応が得られたのです」

現在は1週間で食事のバランスを取り、偏食をしない。
20年以上こだわっているのが水。
断食を何度も行っていた時、水の本当の美味しさを知り、以来、こだわるようになった。

ここ10年ほどは、桜島の温泉水を1日に3リットル以上飲んでいる。
酸化還元電位マイナス200mv程度、クラスター約55-56Hz、アルカリ性、そして美味しいのがその理由。
採水からボトリングまで確認しに、日帰りで桜島まで行ったという。
しかも料理用には別の水を選ぶ徹底ぶり。

「ヨーガとは生きること。
コントロールすることです。
人体と人体の置かれている環境をひっくるめて科学するもので、食はその環境の一つ。
アーサナも食も体質に合うかどうか分析して決めるべきだと僕は思います。
食はアーサナと同等なのです」

ヨーガとはコントロールすること

「クンダリーニヨーガの修業時代、ガリガリになった時期があるんです。
周囲から病気かと心配されるほど。しかし僕は真剣にヨーガをやっている。
何がおかしいのか思案した結果、原因は食事でした。
当時、玄米菜食でしたが、玄米が僕には合わなかった。
そこで、玄米を白米に替えると元気になり、体重も戻りました」

玄米は合わないとした根拠は、中国医学の考え方に基づく。
中国医学では体質を、熱、水、力などについて代謝の偏りから分析。
熱や体内の力の現存量は必要量より多いか少ないか?
体内水分の保存能力はどの程度かなど、さまざまな角度から100通り以上の組み合わせで、故人の体質を精密に分析する。
それを基に食生活を見直した結果、自分の体質に玄米が合わないと判断した。

「同居していた人には玄米が合っていたのでしょう。
しかし、僕とあと二人の仲間は白米の方が合った。
では肉は?と考える。
知りたいことはとことん追求するので、肉についても調べ始めました。
そうすると肉には宗教的な考え方が大きく影響していると分かりました。
とはいえ、さかのぼれば釈迦もキリストも肉を食べていた。
命に貴賤はないですから、植物も動物も微生物も命の重さは同じ。
厳格に行うなら餓死するしかないわけです」

さらに、命にまつわる個人的な経験も加わる。

食はアーサナと同等

様々な食事法を試す

「今は何もこだわってないんですよ。こだわりがあったりストイックにしてるとカドがある感じだけど、私の今の生活はほのぼのとしています。
ヨガを始める前の学生時代は、お酒やたばこも楽しみましたし、お肉やお魚も食べていました。
その後は時々野菜だけの、フレキシブルベジタリアンになったんです。
ヨガを始めて3年ぐらいたった頃、お肉が欲しくなくなってベジタリアンに。
ヨガを突き詰めて練習の時間を費やすうちに、食事もこだわるようになりました。」

 

その後は、ローフードの食事法を取り入れたり、フルーツのみをいただくフルタリアンも経験。
以前はなんとサプリメントがメインの食生活も…。
ご飯やパンも食べるが、あくまでも栄養はサプリメントで取るというもの。

 

そして現在は…、口に入れる物にはこだわりがなくなり、その代わりプラーナ(気)を主食にいただくプラナタリアンにチェンジ。

自分に合うかな?と思ったものをどんどん取り入れた結果、様々な食事法を試すことにつながったという先生。

 

「生活すべてがヨガの練習だから、その一部として食事の人体実験をしていったって感じですよね。
それを食べることで、ポーズがどう変わるか、意識や感覚をどう感じ取れるか、いつも試していたんです。」

 

人を惹きつける魅力も、そんな先生の真摯な所にあるのだろう。
現在口にするものは、その時いる場所やその日のスケジュールによって変わる。
食べられたら食べる、食べられなければ食べないというスタイル。
基本は昼過ぎから夕方にかけての1日1回の食事。

 

そんな先生に「食事って何ですか?」と聞いてみると、「フィジカル面を保つために必要でしょ。あと、コミュニケーションのツールでもありますよね」と。
プラナタリアンの今は、自然の空気の中においしさを感じ、いつでもどこでも食事(プラーナ)が取れると言う。

「地方に出かけて、その土地の素敵な景色の中で深呼吸をして、いいプラーナを感じれば、それは私にとってリッチな食事。」

プラーナを感じ、自分の中に充満させることが活力になり、生命力に変わっていく。
プラーナをはじめ色々なものを感じ取る、研ぎ澄まされた感覚があってこそ実践される食事法は、ヨガを突き詰めた先生らしい食事法と言えるだろう。